- ムツゴロウは干潟の環境に適応したハゼの仲間
- 日本では有明海、八代海と限られた場所にしか生息していない
- 生息環境の悪化により、絶滅危惧ⅠB類に指定され、漁獲規制されている

潮が引いた干潟で、ピョンピョンと跳ねるように動く魚、ムツゴロウ。見た目は魚ですが、まるで両生類のように陸上でも生活できる、ちょっと変わった魚です。
干潟という特殊な環境で生きるために適応したその生態は、とてもユニーク。そして同時に、干潟に生息しているからこそ、生息環境の消失に直面しています。今回は、そんなムツゴロウの特徴や生態、観察方法まで紹介します。
ムツゴロウとはどんな生き物?

干潟で暮らすムツゴロウは、ハゼの仲間ながら、水中だけでなく陸上でも活動できる特別な魚です。ここでは、ムツゴロウの基本情報を紹介します。
ムツゴロウはハゼの仲間
ムツゴロウはスズキ目ハゼ科ムツゴロウ属の魚です。成魚は最大で20センチほどになることもあります。体色は茶褐色寄りで、青い斑点を帯びる個体も見られ、泥地に紛れる保護色となります。
ハゼの仲間ではありますが、一般的なハゼとは生態が大きく異なり、その点こそがムツゴロウの魅力の一つでしょう。
ムツゴロウの生息地と生息環境
ムツゴロウは、淡水と海水が混じり合う汽水域の干潟を中心に生息しています。潮の干満によって姿を現す泥地を好み、満潮時には巣穴の中に潜り、干潮時になると泥の上を移動して活動します。ムツゴロウは泥に自分で巣穴を掘って生活するため、硬すぎず柔らかすぎない泥が適しているのです。
日本国内では、有明海と八代海沿岸(佐賀県・福岡県・熊本県・長崎県)に分布しています。これらの地域は広大な干潟が発達し、潮の干満差が大きいため、ムツゴロウが暮らすのに理想的な環境が整っています。また、日本以外でも韓国西岸や中国東部の沿岸域など、東アジアの一部地域に分布していますが、世界的にも限られた場所でしか見ることができません。
ムツゴロウは何を食べる?天敵は?
ムツゴロウは主に藻類(特に珪藻など)をこそぎ取りながら食べます。干潟の表面に付着した微細な藻類や有機膜などを口でこするようにして摂餌し、底生微生物なども摂取対象となることがあります。幼魚期には遊泳性のプランクトンなどを食べることも報告されており、生育段階で食性に変化が見られるようです。
その一方で、ムツゴロウには天敵も少なくありません。干潟を飛ぶシギやチドリなどの鳥類は天敵です。満潮時には海側からスズキやマゴチといった肉食性の魚類が侵入し、捕食される可能性もあります。。
現地では食文化として根付いている
ムツゴロウは、有明海沿岸地域では昔から食材として活用されてきました。漁期はおおよそ5月から8月頃で、焼きムツや蒲焼・干物・甘露煮などの形で調理・保存されてきました。特に串に刺して生きたまま炭火で炙り、その後タレを塗る蒲焼が伝統的な料理として知られています。
ただし、現在では漁獲量が激減しており、伝統的な食習慣も衰退傾向にあります。伝統と保全の間でバランスを取る動きが求められているのです。
干潟の消失で絶滅危惧種に
ムツゴロウは国内では環境省のレッドリストで『絶滅危惧ⅠB類(EN)』に指定されており、保護対象とされています。絶滅危惧種とされる背景には、干潟環境の激減、改変が深く関わっています。干潟の埋め立て・河川や干潟周辺の護岸整備・工業や農業からの流入物質・底質改変などがムツゴロウの生息場所を壊してきました。
こうした環境変化が進む中、生息域の分断や縮小が進み、個体数が減少する地域も少なくありません。そのため、捕獲できる時期・大きさの制限・営巣期の保護・水質改善・干潟再生といった保全策が講じられています。個人でも捕獲は可能ですが、原則としておすすめしません。
ムツゴロウの特殊な生態

ムツゴロウは、陸上での活動に適応した特殊な生態をもつ魚として知られています。ここでは、ムツゴロウならではの特徴を紹介します。
エラ呼吸と皮膚呼吸ができる
ムツゴロウは、水中では普通にエラ呼吸を行います。干潟の上では皮膚や口腔内の粘膜を使って空気中から酸素を取り込みます。これがいわゆる皮膚呼吸です。
さらに、ムツゴロウはエラの中に少量の水をためておき、それを利用して呼吸を助ける仕組みを持ちます。このため、水がなくても数時間は陸上で活動できるのです。一方で乾燥に弱いため、体を常に湿らせるよう、身体を泥に擦り付ける行動もよく行います。
干潟に巣穴を掘って生活する
ムツゴロウは泥の中に深い巣穴を掘り、その中で生活します。巣穴の深さは1m近くに達することもあり、内部には空気をためる空間が作られています。この巣穴は干潟の温度変化や潮の干満、外敵から身を守るためにとても重要です。
繁殖期にはこの巣穴の中で産卵が行われ、オスは卵を守るために巣の入り口を閉じて見張ることもあります。まさに、干潟の中に小さな家を築いて暮らす魚といえるでしょう。
オスは干潟でジャンプして求愛する
春から初夏にかけての繁殖期、干潟ではムツゴロウのオスたちが体をくねらせながら勢いよくジャンプする姿が見られます。これは自分の縄張りと体の大きさをメスにアピールする求愛行動です。
オスは何度も跳びながら巣穴にメスを誘い、巣の中で産卵・受精が行われます。干潟の静寂を破るその動きは、生命のエネルギーそのものといえるでしょう。
ムツゴロウを観察するには?

なんとも不思議な生態のムツゴロウ。実際に観察してみたいと思った人も多いのではないでしょうか。ここではムツゴロウを観察する方法を紹介します。
一部の水族館で展示されている
ムツゴロウは、特殊な生態ゆえに展示している水族館はそれほど多くありません。水族館であれば、至近距離で観察でき、理解が深まるでしょう。身体の細かな作りや、表情など観察してみてください。
2025年10月現在、展示されている水族館の一部を紹介します。
展示内容が変更されることもあるので、確実に観察したい場合は事前に問合せるとよいでしょう。
有明海周辺には観察スポットもある
ムツゴロウが生息する場所は限られますが、現地では観察スポットもあります。佐賀県鹿島市の道の駅鹿島周辺や熊本県の荒尾干潟や福岡県柳川市の筑後川河口などは有名です。
観察に適した時期は5〜7月の干潮前後。春から初夏にかけて活発になるオスの求愛ジャンプが見どころです。干潟は繊細な環境なので、遊歩道や展望デッキから静かに観察しましょう。
上級者向けだが飼育もできる
ムツゴロウの飼育は、非常に難易度が高いことで知られています。干潟に近い環境を再現する必要があり、汽水の塩分調節や泥床の準備、温度の維持など多くの要素を調整しなければなりません。餌も特殊で、定期的に用意するのも難しいです。
そもそも、保護対象の生き物であり、観賞魚として流通すること自体が稀です。もし入手するチャンスがあったとしても、上記のような環境を維持できるベテランアクアリスト以外は、安易に飼育しないようにしましょう。
機会があればムツゴロウを観察してみよう

ムツゴロウは、魚でありながら陸上を歩き、巣穴を掘り、ジャンプして求愛するなど特殊な生態をもつ生き物です。干潟という厳しい環境に適応し、進化してきた姿と言えるでしょう。一見すると地味な魚かもしれませんが、その生態を知れば知るほど魅力あふれる魚です。
観察できる場所も限られていますが、もし機会があれば、そんなムツゴロウを観察してみてください。その愛嬌ある顔と力強い生態は、きっとあなたの心にも残るはずです。