- メンダコは生きたまま捕獲するのが難しい
- メンダコが好む環境を再現するのが難しい
- メンダコは美味しくなく、独特の臭いがする

近年『深海のアイドル』として人気のメンダコ。まるで耳のようなヒレをパタパタと動かしながら、ふわりとわりと泳ぎます。その可愛らしい姿に、子どもから大人まで多くの人を魅了しています。しかしその裏には、一般には知られていない『飼育の難しさ』があり、展示をするのも一苦労です。
この記事では、かつて水族館で深海生物を担当していた筆者が、メンダコ飼育の裏側をわかりやすく解説します。メンダコの基本情報から、水族館で展示されるまでの道のり、そして飼育員だからこそ知る秘密まで紹介しますので、ぜひ読んでください。
メンダコの基本情報 棲むところや大きさは?

メンダコの生息地や大きさなどを紹介します。まずはメンダコがどんな生き物なのかを確認していきましょう。
メンダコはどんな生き物?大きさは?
メンダコ(Opisthoteuthis depressa)は、タコの仲間に分類される深海性の軟体動物です。体長は約20~30cmですが、水族館では縮こまっていることも多く、小さく見えるかもしれません。
最大の特徴は、耳のように見えるヒレと、傘状に広がる体の形です。傘状の部分は、膜がついた脚で、タコの仲間の証拠に8本あります。この姿から、英語では『Dumbo octopus(ダンボ・オクトパス)』と呼ばれることもあります。
生息地や生息環境は?
メンダコの生息地は相模湾から東シナ海にかけての深海です。水深200~600mに多く生息しており、日本近海では駿河湾や土佐湾などでよく見つかります。
水温は10℃台前半から、場所によっては1桁台の冷たい環境のこともあります。砂泥をこのみ、普段は海底でジッとしていると考えられていますが、詳しいことはまだまだ謎が多いです。
タコなのに墨を持たない?漏斗は?
メンダコはタコの仲間ですが『墨袋』を持っていません。通常のタコのように、敵から身を守るために墨を吐くことができないのです。光の届かない深海では、墨は役に立たないと考えられています。
水を噴射して泳ぐための器官『漏斗(ろうと)』も退化しており、通常のタコのように素早く逃げることも苦手です。早く泳ぐときは、傘状の足を大きく動かして体全体で水をかいて進みます。
メンダコは飼育展示が少ない
このように特殊な生態を持つメンダコですが、水族館で見られる機会は非常に限られています。理由は単純で『飼育が非常に難しい』からです。
一部の水族館では展示されることがありますが、長期的に生かすのは困難です。わずか数日で展示が終わることも多く、観察できるかは、運に近いものがあります。
メンダコは活きたまま捕まえるのが難しい

上記の通り、飼育展示が難しいメンダコ。そもそも、水族館に運び込まれる前に、大きなハードルがあるのです。どんなことが難しいのかを解説していきます。
底引き網漁で捕獲される
食用にされないメンダコを専用に採る漁はありません。主に底引き網漁と呼ばれる、深海の甲殻類やアカムツ・メヒカリといった深海魚を採る漁で混獲されます。水族館のスタッフはこの底引き網漁の舟に乗船させていただき、漁師さんのお手伝いをしながら、メンダコが採れれば譲っていただき水族館に持ち帰ります。
これは、もちろんメンダコだけでなく、オオグソクムシやミドリフサアンコウなど、水族館で人気のさまざまな深海生物を捕まえるチャンスです。
生きたまま船上に揚がることがまれ
底引き網漁では、メンダコが網に入ることは珍しいことではありません。しかしメンダコが『状態よく』船に揚がってくることがまれなのです。深海から船上に揚がるまでに、水圧の変化や温度変化によってショックを受け、多くは海面に到達する前に命を落としてしまいます。
底引き網漁法では甲殻類が多く網にかかるため、柔らかい体のメンダコは外傷を負ってしまうケースも珍しくありません。傷がついた個体は、たとえ生きていたとしても長生きするのは難しいのです。
生きたまま水族館まで運ぶのが難しい
仮に状態よく捕獲できたとしても、その状態を保ったまま水族館に運ぶのも至難の業です。
船上は深海と違い明るいですし、外気温も水温より高いのでメンダコにとって過酷な環境になります。冷たく冷やした海水・遮光した容器などを準備し、メンダコを収容してケアをします。
メンダコが捕まえられたからといって、漁を中止して帰るわけにもいきません。長引けば長引くほど、メンダコは衰弱する可能性が高いです。飼育員としては、到着するまで気が気ではない時間が続きます。
メンダコに適した飼育環境の整備が難しい

無事に水族館に運び込まれたメンダコも、実際に展示までたどり着けるのはごく僅かです。どんなところが難しいのか解説します。
深海の環境を再現するのは難しい
メンダコの生息する水深200m以上の環境は、暗く・冷たく・水圧が高いという特殊な条件がそろっています。その環境を水槽内で再現するのが非常に難しいのです。水温は水槽用の冷却装置を使用すれば比較的容易に下げられ、照明も工夫次第で遮光ができるので問題ありません。
しかし水槽に水圧をかけるのは非常に難しいです。実際には水槽内を加圧する装置は存在するのですが、非常に高価で導入するのは現実的には難しいです。そのため、ほとんどの水族館は水温と光だけを調整した水槽で展示しています。
もちろん、それ以外にもさまざまな環境整備が必要です。実際のところ、何が原因で長生きさせられないのかはわかっていません。少しずつ環境を変え、データを蓄積することで、少しずつ長生きさせられるようになっています。
餌をなかなか食べてくれない
メンダコの飼育の壁のひとつが『給餌』です。運よく状態よく捕獲でき、水族館で無事に飼育できたとしても、なかなか餌を食べてくれません。
メンダコに限らず、捕獲されて『水槽』という環境に入れられることで、なかなか餌を食べてくれない生き物は少なくありません。多くの生き物は環境に慣れると共に、餌を食べてくれますが、メンダコはなかなか食べてくれないのです。
水族館では小型の甲殻類を中心に与えますが、なかなか口をつけてくれません。興味を持つことはあっても、食べてくれないことがほとんどです。
展示と飼育の両立が難しい
メンダコのかわいい姿を来館者を来館者に見せながらも、ストレスを与えないように飼育することは大きな課題です。上記の通り照明などに敏感なため、少しの刺激で調子を崩してしまいます。暗くしすぎると来館者は見られませんし、かといって明るいとストレスとなります。
結果として、せっかく展示しても長生きしない個体が多く、長期展示に成功している水族館がないのです。
元飼育員だから知っているメンダコの秘密

ここからは、図鑑には載っていない実際にメンダコにふれてきたからこそ分かる秘密を紹介します。
タコの仲間だけど、味は美味しくない
多くの人が気になるであろうメンダコの『味』。答えは『不味い!』です。
味はとにかくしょっぱく、まるで海水を飲んだのかと思うほどの塩味があります。噛み続けることで、うっすらとタコの味が出てきますが、決して美味しい味ではありません。食感はグミを硬くしたようなイメージで、いつまでもかみ切れず、口の中に残ります。
またシンナーにも似た独特の臭いがあり、食欲がそそられるものでもありません。この臭いが他の魚介類に移ると商品価値が下がるため、メンダコが採れた場合漁師さんはすぐに逃がしてしまうほどです。このような味や臭いのため、メンダコが食用として流通することがないのです。
泳いでる姿は可愛いけど、ストレスを感じているサイン
メンダコがふわふわと泳ぐ姿は非常に愛らしく、多くの人が魅力を感じる瞬間かもしれません。実はこの行動、ストレスを感じている時の反応であることが多く、飼育員としては嬉しい行動ではないのです。
本来のメンダコは、海底でぺターっとした姿でじっとしていることが多いです。つまり、泳ぎ回るということは移動したい=環境が合わないと考えられます。飼育員としては、泳ぐたびに心配になってしまうのが本音です。
チャンスがあればメンダコを観察してみよう

メンダコは、その愛らしい見た目とは裏腹に、飼育が非常に難しい繊細な生き物です。生息環境の特殊さ・生態の未解明さ・そしてストレスに弱い性質など、さまざまな課題があり展示している水族館もほとんどありません。
だからこそ、実際に生きたメンダコに出会える機会はとても貴重です。もし水族館で『メンダコ展示中』の文字を見かけたら、その姿をぜひ目に焼き付けてください。深海からいくつものハードルを乗り越え水槽にたどり着いた、奇跡の存在ともいえるでしょう。